レーニン記念入党

修論終わってから、と先延ばしにし、『未完のレーニン』読み終わってから、とさらに先延ばしにしていた映画「グッバイ!レーニン」をやっと観た。
共産主義政権下で、生活に幸福を感じていた人が居たこと、ショスタコーヴィチの素晴らしい交響曲がつくられたこと、それは善いとか悪いとかではなく、ただただ、そうだった。(「事実」という言葉は避けます。)

壁の崩壊後、バイト先のハンバーガーショップで久しぶりに父親に邂逅した主人公の姉が父にかけることのできた唯一の言葉は、「ご来店ありがとうございます」。
「自由な言論を統制」していた共産主義と、個人の言葉を失わせうる資本主義。
病床で陳情書を口述(瀕死のレーニンのように)する母の、希望に満ちた饒舌。
もちろんそれは現実ではない。夢としてのたくさんの言葉。

私は諦念をもって資本主義を讃嘆し続ける。
レーニンが見た夢、彼の理想が詰まっていた不毛な頭部が放つ光は、まぶしすぎて私には直視できない。

未完のレーニン 〈力〉の思想を読む (講談社選書メチエ)

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